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技科大生活の振り返り

この記事はTUT Advent Calendar 2016 - Adventarの11日目の記事です。


こんにちは。TUT3系B4の丹内です。

昨年と一昨年のTUT Advent Calendarでは以下の記事を執筆しました。
豊橋技科大音楽技術部, たのしいフーリエ解析
豊橋技術科学大学 総合文化部 • エンジニアのためのデザイン入門

今年度は卒業して就職する予定なので、
自身の技科大生活の振り返りと、得られた教訓について書こうかなと思います。
36時間寝続けた話と女装せずに女装コンテストに出た話は諸事情で割愛します。


入学してから先生になるまで

自身が技科大内で何者であったか、ということに関するエピソード。

入学早々にクラス代表に立候補したり、サークルを立ち上げたり、
講義を全履修していたり、8つのサークル掛け持ちしていたり、
その他色々と目立つような行動を重ねていった結果、
名前が独り歩きして知らない人まで自分のことを知っていたり、
「学校で一番有名」ということを言われるようになっていたり。

最終的に何故か周りから「先生」と呼ばれるようになっていました。
先生呼びが定着し、名前で呼ばれることが少なくなった頃、
某氏の陰謀で昨年度の学祭の女装コンテストに出ることになったのですが、
その時送られてきたメールが以下の通り。


どうやら自分はいつの間にか先生になっていたようです。
(本当に先生だと思ってこの文章を送ってきたとのこと。)

因みに今では諸事情で滅多に「先生」と呼ぶ人はいませんが、
過去に呼ばれていた形跡はこちらから確認することができます。
tnni 先生 - Twitter Search


人生初のリーダー経験

ここからが本題。

本学に入るまでリーダーの経験は一切なかったのですが、
気が付けばクラス代表と2つのサークル代表と
合わせて3つのリーダーを並行していました。
自分のことは凡人だと思っていますし、
周りには優れた人や変わった人が多かったので、不思議です。

「音楽技術部」というサークルを立ち上げて、今年度で3年目になります。
(正確には総合文化部の下に音楽技術部門として作りました)
当時を振り返ってみると、入学5日目にして既に着想があり、
2ヶ月経たずに行動に移していて、なかなかの行動力だなぁと思います。
ここ数年衰えが激しいので、今ではもうこういうことできないなぁと。


その辺りの原動力やモチベーションとして、
高専時代にもサークルを立ち上げて活動してた経緯があり、
ある程度ノウハウがあって敷居が低かったというのがあります。
あとは上でも述べたように自分には幸いにも人望には恵まれていたようで、
あらゆる場所で声を掛ける苦労はありましたが、
すぐに人は集まってくれました。
ここ3年で立ち上げに失敗したり消滅していったサークルがいくつかあったので、
このサークルは珍しく上手く存続している運が良い例だと思います。
仲間には感謝しています。

リーダーを務めて得られた知見がいくつかあるので書き出してみます。

・リーダーには独裁者気質が必要
メンバーは勝手に都合よく動いてくれたりはしません。
故にリーダーは指示を出しメンバーを動かし続けなければなりません。
「これでいいのかな」などと優柔不断になっている暇はありません。
リーダーがアクションを起こさなければ活動は停滞し、
メンバーは離れていきます。
企画はリーダーが少なくとも叩き台を出す必要があります。
メンバーが企画を持ってくるという幻想は捨てましょう。
募集も無駄なのでやめましょう。
企画を持ってきてくれる人は募集してなくても持ってきます。
しばらく活動していれば自ずと動いてくれるメンバーは出てきます。
しかし、それまではずっとリーダーは正しく判断し正しい指示を出す
独裁者である必要があります。

・リーダーは傲慢になる
上の独裁者云々とは別の話です。
リーダーの仕事は指示を出すことよりも書類手続きや事務連絡が主になります。地味です。
ある程度メンバーに任せられるものもありますが、
リーダーにしかできない仕事が多いです。
活動よりも仕事をすることが多くなることもあります。
何のためにやってるのか分からなくなることもしばしば。
そんな状況が続くと心が荒んでいきます。
よほど聖人でなければ、
「仕事量が不公平だ」「メンバーは自分勝手」「自分は偉い」
などという思考が渦巻いたりします。
そういう気持ちを抑えて折り合いをつける必要があります。
そういう時はメンバーの何気ない一言が心に沁みるものです。



(途中で力尽きたので後で補完します)




明日はtenntennさんが何か書くそうです。